ミツバチの童話と絵本のコンクール

はるおの夏

受賞久保 晴美 様(岡山県)

「お母さぁーんプールに行ってくるけん。」
 晴男は、大声で叫びました。太陽がギラギラかがやいている中、今朝ほしたばかりの水着がもう、カラカラにかわいています。晴男は、いそいで水着と水泳ぼうしを洗たくバサミからもぎとりました。プールに行ってすぐ泳げるように家で水着を着ていきます。晴男は、すぐさま水着をはこうとすると 「チクッ」とコンパスの針が当たったような感じがしました。
「いてぇっ。」
 見てみると、水着から出てきたミツバチが自分の足をさしています。
「なんだよぅ。このハチめ。」
 はちは、ポトッと落ちました。晴男は、ワクワクしていたのにハチのせいで暑さが倍増して、よけいイライラしてきました。
 プールにつくと、泳ぎを競走しようと待っていた純太郎がいました。
「おそいぞ、晴男。」
と、水着が入っている袋をブンブンふりまわしています。プールサ
イドのコンクリートは、できたてのグラタンのように、メラメラジリジリしています。2人は、冷たいシャワーを浴びて飛びこみ台に立ちました。
「いいか?よーいどんのどんで飛びこむんだぞ。今度こそ、おれが勝つ。負けた方は、アイスをおごる約束で。」
 純太郎は、こうやって何回も晴男に挑戦して負けています。どーせ、また僕が勝つに決まってるのに。今度は、何のアイスをおごってもらおうかな。 と晴男は、考えながら構えました。
「よぉ〜い、どん。」
 晴男は、アイスの事を考えていたので飛びこむのが少しおそくなりました。わぁ、やばいぞ。ちょっとおそくなった純太郎は、晴男より少し先を進んでいます。 晴男は、本気でいそぎました。あと少し、あと少し。もうだめだぁ〜と思い、壁に手をつけました。水の中で少し時間を過ごしたかと思うと、 顔をバシャッと出しました。
「今日は、晴男もギリギリじゃったなぁ。もう少しで純太郎が勝つとこじゃったよ。」
 ドーナツを揚げすぎたぐらいの深い茶色で、しわだらけのおじいちゃんの顔が目の前にあります。横を見ると、目をつぶって
「くっそぉ〜。」
 とおこっている純太郎がいます。
 約束どおり、2人は売店へ行きました。晴男は、一番大きいカップのチョコチップ入りバニラアイスにしました。
「う〜ん、おいしい。泳いだ後のアイスは、格別だ。」
 そう言いながら横を見てみると、何も食べずに、どこかをじーっと見つめている純太郎がいます。おでこから、汗がジリジリ出ては、ポタポタ垂れていきます。 なんで純太郎は、あんなに考えこんでいるんだ?いつもだったら負けると 「くそー、また今度、挑戦するけぇな。」と言ってくるはずなのに。 今日は、いつもの純太郎じゃないぞ。晴男はなぜか、おちこんだような気持ちになりました。
「ただいま。」
 元気のない小さな声です。
「なんでぇ。晴男、元気がねぇなぁ。今日は、あんたの好きなカレーよ。」
 いつもだったら、カレーと聞くと飛んで喜ぶ晴男でしたが、今日は 「ふーん。」と一言答えただけです。それに、いつもは帰ってきたら水着袋を放り投げてお母さんに怒られちゃうのに、 今日は、何かを考えながらタオルと水着をゆっくり洗たく機に入れています。お母さんは、びっくりしました。晴男が、いつもと違うのですから。 そうしているうちに、ハチの世話をしていたお父さんがにぎやかに帰ってきました。晴男の家は、お父さん、お母さんが牧場をしています。 牛、豚、にわとり、馬、そしてハチを飼っていて、牛のミルクをとったり、ニワトリの卵をとったりして動物達を育てています。晴男もよく、 牛や豚の世話を手伝います。
「あと2、3日でハチミツが出来上がるぞ。今度のは、今までの中で一番いい出来だぞ。」
 お父さんは、ニコニコしながら言いました。カレーを食べる間、お父さんはずーっとハチとハチミツの話をしていました。けれど、晴男にはその話なんか少しも耳に入りません。 ずーっと、純太郎の事を考えていたのです。なんで純太郎は、いつもの調子で 「くそー。また今度、挑戦するからな。」と言ってこなかったんだろう。 あの時なんで、だまってどこかを見つめていたんだろう。晴男は、カレーのおかわりもせずに、すぐお風呂へ入りました。
「あ〜あ。なんか楽しくないなぁ。」
 晴男は、タオルを湯舟に入れて風せんをつくりました。ボシュッ、ボワボワボワ……ポカポカ、ホワホワ……ガチャッ
「わぁっ」
 お父さんです。晴男は、気付かないうちにお風呂の中でねていたのです。
「おい晴男。たまには、父さんと入るか。」
 そう言って父さんはお湯をかけて体を洗い始めました。晴男は思いました。父さんって、よく考えるとすごいんじゃないのか?あんなにつかれる仕事よくやるよなぁ。お父さんの背中、広くて大きい。真っ黒に焼けた父さんのうで、かっこいいなぁ。背中についた石けんの泡のせいで、黒い体がよけい黒く見えて、ムキムキに見えてきました。
「なぁ。晴男。今日はどうした?いつもの元気がねぇが。」
ザバーっとお湯がこぼれたかと思うと、父さんが湯舟に入ってきました。
「そんなことないよ。」
 晴男は、元気のない声で答えました。目をつぶったお父さんはゆっくり話し始めました。
「晴男に元気がないことはめずらしい。関係ないけど、父さんがこの牧場を継いだわけをちょっと話してやろう。父さんが生まれた時から、お前のおじいちゃんはこの牧場をしとってな。お前みたいに小さい頃は、よく手伝いをしていたよ。だけど、大きくなっていくうちに、牧場を継がないといけない事になるだろ。だけどな、 父さんは嫌だったんだよ。周りの友達は、ほとんど都会へ出ていってしまって、自分だけとり残された気持ちになったんだ。その時な、おじいちゃんが教えてくれたんだよ。 『ハチミツってみんな気軽に食べるだろ。だがな、あのハチミツは、すごいんだぞ。ミツバチが一生かかって作れるハチミツは、スプーン一ぱいにも満たないんだ。 ビン一個のハチミツは、何千、何万匹分もの一生の努力が詰まっているんだ。そんなハチミツをハチが作る手助けをするのがわしらの仕事なんだ。わしは、そんな仕事にほこりをもってるんだ』ってな。その時、おれはびっくりした。それに感動した。自分は、何も思わずハチの巣を作る手助けをしていた事が恥ずかしくなったんだ。 ハチは、とても一しょうけん命ハチミツを作っていたんだなって。それを手助けする仕事には、すごいものが秘められているんだってね。それで牧場を継ぐ事を決めたんだ。」

 晴男は、おどろきました。父さんは若い頃、こんな事を思っていたんだ。ハチミツを作る仕事ってすごい仕事なんだと思いました。 その時、父さんがつけ加えて言いました。
「さっきのハチミツの話だけどな。そこからもらった教訓が父さんにはある。自分がなんでもないと思っていた事の裏には、すごい事実があるんだってね。 それを知った時は、びっくりするよ。けどその事実を知ることによって自分の今までの考え方や生活の仕方が変わったりするんだ。」
 父さんは、その頃のことを思いだして、なつかしそうな目をして言いました。
 気持ちのいい朝でした。晴男は、すっきりおきました。目ざまし時計も鳴る前におきた晴男は、ラジオ体操におくれずに行きました。朝ごはんも三杯もおかわりをしました。つけものをバリバリ食べていると、ピンポーンと家のチャイムが鳴りました。
「はーい。どなたさんですか。」
 お母さんがすぐもどってきました。
「晴男、純太郎君がきとるよ。こんな朝早くから何なんじゃろうなぁ。」
 晴男は、牛乳をゴクッと飲んで玄関へ行きました。見ると、汗でベタベタの純太郎が立っていました。
「どうしたんだよ。こんな朝早くから。」
と晴男がびっくりして言いました。
「今日、プールで最後の競争をしてほしくて来たんだ。」
 純太郎は、それだけ言うと急に泣きだしました。
「どうしたんだ、純太郎。」
 すると、
「実は、今日、お前と会えるのが最後なんだ。遠い所にひっこしするんだよ。だから最後に晴男ともう一回泳ぎたくて。」
 晴男は、一瞬、夢を見ているのかと思いました。いつも一緒に遊んでいた純太郎がいなくなるなんて。そんな、ひどいじゃないか。―――――――。 何も言えない晴男を見て、純太郎はつぶやきました。
「ひっこしが決まってから、ずぅーっと泳ぐ練習をしていたんだ。」
 晴男は、はっとしました。父さんが言ってた事だ。純太郎は、僕が知らない間に努力してたんだ。だから、前、競争した時いつもと違ったんだな。 晴男は、涙がでてきそうになりました。
 2人がプールにつくと、あのおじいさんが入り口のそうじをしていました。
「よっ。お二人さん。久しぶりじゃな。」
 純太郎は、
「あのおじいさんの顔も見れなくなるんだ。」
と、ポツンと言いました。2人は、飛びこみ台に立ちました。
「これが最後の競争だ。わざとゆっくり泳ぐなよ。」
 そう言って、なぜか純太郎は、ほほえんでいます。
「よーい、どん」
 晴男は、今までで一番しんけんに泳ぎました。これでもう、一生、純太郎と泳げないかもしれない。だから、精一杯泳ぐんだ。
 バシャッ。すぐ晴男が顔を上げてみると、少したって純太郎が顔を上げました。
「晴男、やっぱりお前には勝てないな。」
 すると、おじいさんが、
「今日も、晴男が勝ったのか。でも、今日の泳ぎは、今までの競争のなかで二人とも一番速かったぞ。」
とニカッと笑って言いました。そして、二人も顔を見合わせてニカッと笑いました。
 プールの入り口の前に、ひっこしのトラックがとまっています。純太郎は言いました。
「今日は、アイスおごれなくてごめんな。またいつか会った時、大っきいアイスおごるけん。」
 晴男も言いました。
「おう。その時を待っとるよ。」
二人は、がっちりとあくしゅをしました。
「そんじゃぁな。」
 純太郎が乗ったトラックのエンジンがかかりました。晴男は、言いました。
「純太郎。今度会うまでに、もっと速く泳げるように練習しとけよ。」
「お前だって、今度競争する時は、おれに負けないようにしろよ。」
 トラックは、力強く走りだしました。
「ありがとう、純太郎。またなぁ。」
 晴男の声が、青空の下できらきらとひびいています。

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