ミツバチの童話と絵本のコンクール

さよならのむこうに

受賞藤原 あずみ 様(千葉県)

 ぼくはホタカ。ツキノワグマだ。ハルばあちゃんの家で暮らしている。村の近くで迷っていたぼくを助けてくれたのは、隣に住んでいる伝でんじいちゃんだ。
 ぼくの毛皮はまっ黒だけど、首のまわりとひたいのところに、白い毛がちょんぼりっとはえている。
「ひたいに流れ星、首に三日月か。こりゃあ、この、やんちゃ坊は山の主ぬしになるぞ」
 伝じいちゃんが言った。
「あんまり甘やかすなよ。山にもどすなら、なるべく早いほうがいい。けがが直ったらすぐにだ」
 すると、ハルばあちゃんが答えた。
「もうおそいかもしらん。こんなになついてしまったもの」
「おそいことないさ。なあ、ホタカ。山がおまえのふるさとだものな」
 伝じいちゃんはそう言って、ぼくの目をじいっとのぞきこんだ。
 日にやけたしわだらけの顔。しわの間にあるのは、あったかくて
大きな目だった。いたずらっぽく楽しそうで……
 笑っているけど、伝じいちゃんの目は大まじめだった。
「いい子だ、ホタカ。だけど、お前はあっというまにでかくなっちまって、わしらの手におえなくなるからなあ」
 ぼくは伝じいちゃんの手をべろっとなめた。

 ハルばあちゃんの庭には、ミツバチの巣箱がみっつ並んでいる。巣箱からは、ブブブ、ブブブ、ブブブブ……と子守唄みたいな優しくてひくい音がした。ミツバチたちは、花のミツを運ぶのにいそがしい。あたりいちめん、レンゲの花ざかりだった。風はあまい匂いがするし、ぴかぴか光るひざしが、うっとりするほどやわらかい。
 ふいに、ぴくんと耳をたて、ぼくは前足をふんばった。
「だれか泣いてるぞ。サヤかな?」
 けがをしているうしろ足を引きずって、ぼくは声のするほうに走って行った。
 やっぱりサヤだった。地面にころがって、サヤはまっかな顔でうわーんうわんと泣いていた。そばでリュウが、こわい顔をしていた。
「うそつき! おまえがウソつくから悪いんだぞ」  
 リュウの鼻の頭に、ギュッとしわができた。ぼくも思わずしかめっつらになった。
 ウソって何だろう? リュウはどうして怒ってるんだろう?
 そばまで行ったけれど、どうしたらいいのかわからない。ぼくはリュウとサヤのまんなかでうろうろした。
 泣かないでよ、サヤ。
 おこらないでよ、リュウ。
 そこへ、ハルばあちゃんがやってきた。
「ハルばあちゃん。サヤがまたウソをついたよ。サヤのお父ちゃんとお母ちゃんは海賊退治に行ってるんだなんて言うんだよ。この前はおばけ退治だって言ったくせにさ」
 ハルばあちゃんは、怒っているリュウと泣きべそのサヤを見てちょっと困った顔をしたけれど、すぐに元気よく言った。
「そういうこともあるんだよ、リュウ。どら、おやつにしようか。パンケーキを焼こう。さっ、ホタカもおいで」
 やった! パンケーキだ。
 泣いていたサヤもおこっていたリュウも、たちまちごきげんになった。ハルばあちゃんは、ふたりの手をひっぱってにこにこ笑った。
 チューリップとサクラ草とパンジーが、だまって風にゆれていた。

 パンケーキのいい匂いが台所にいっぱいだ。
「さあて、おいしい魔法をかけようね!」
 ハルばあちゃんが戸だなから茶色いつぼを取り出した。
 ハチミツだ! 
 お皿に一枚ずつパンケーキを乗せ、さくらんぼをかざる。その上からとろーっとハチミツをかけた。
 ハルばあちゃんは、ぼくのケーキにもたっぷりとハチミツをたらしてくれた。
 はやく、食べたいよう!
 あんまりあわてたものだから、ぼくはお皿を落っことし、おまけにハチミツのつぼまでゴトンとひっくり返した。
「ホタカ、これ! この、いたずら坊主め!」
 テーブルからとろとろっと落ちてきたハチミツを、ぼくは口でうけとめた。
 あまーい!

 サヤにはパパとママがいない。
 ハルばあちゃんはサヤのママのお母さんだ。
 サヤはとってもいい子だけど、ときどきものすごく悪い子にもなる。
 ハルばあちゃんが大事にしているものを、みんなめちゃくちゃにこわしてしまうんだ。フェルトで作ったお人形の腕をもいだり、千代紙で作ったきれいな箱をやぶいてしまったり、花ばたけの花をちぎってしまったり……
「ちゃんとしつけるのがサヤのためですよ、おばあちゃん。かわいそうだと思って甘やかしてはだめ」
 リュウのママがいくらそう言っても、ハルばあちゃんはサヤをかばった。
「こんなことを、したくてする人がいるもんかね。わけがあるからするんだよ。サヤはそのわけが、じぶんでもわからないだけなんだよ」
 でも、インコのチイのかごを乱暴に揺すったときは、さすがのハルばあちゃんも、 サヤを静かにしかりつけた。
「チイはどこにも逃げられないんだよ。逃げられないものに、こんなひどいことをするんだね? じぶんが同じことをされたら、どんな気持ちがするかい?」
 そのあとサヤは、ご飯も食べずにずーっと泣いていた。泣きながら眠ってしまったサヤの横で、ぼくもいっしょにまるくなった。サヤのほっぺをなめたら、しょっぱかった。

 サヤは毎日、夜中に目をさまして泣く。
「ぺっちゃんこが見たいよう。ぺっちゃんこだよう」
 すると、ハルばあちゃんもぱちっと目をあける。どんなに眠くても、サヤをおんぶして夜の散歩にでかける。
 ハルばあちゃんの背中で空を見ながら、サヤは何べんもぐずぐずとくり返した。
「ぺっちゃんこが見たい。ぺっちゃんこだよ」
 ぼくはハルばあちゃんの足もとをころころついてまわりながら、ふんふんと鼻を鳴らす。
 夜の匂いってあるんだよ。つめたくて、ふわんとして静かな匂いなんだよ。
 そのふわんとした匂いをいっぱい吸いながら、ハルばあちゃんの子守唄を聞いた。ハルばあちゃんは、背中を揺すりながらそっと唄った。
 ねんねんこーろ こーろのやまのうさぎは
 なぜにおみみがながいの
 びわのはをくわえて
 それでおみみがながいの……
 静かになったと思ったら、いつのまにかサヤは、ハルばあちゃんの背中ですうすう寝息を立てている。
 そのまましばらく庭を歩いて、ハルばあちゃんはぼくに話をしてくれた。
「ぺっちゃんこって言うのはね、お月さまのことなの。お月さまにはウサギがいて、おもちをぺっちゃんこ、ぺっちゃんこついているんだって。昔、ハルばあちゃんがお母ちゃんから聞いて、サヤのママに話してあげたの。この子守唄も、ママに唄ってあげたの。サヤもママから聞いていたんだねえ」
 空に、月は出ていなかった。天の川が見えた。星あかりが地面におちて、青い影をつくっていた。
「サヤはパパとママにさよならが言えなかったの。だから、海賊をやっつけに行ったり、おばけ退治に行ったなんてこと言うんだよ」
 ハルばあちゃんは、どっこいしょっと重たくなったサヤをゆすりあげた。
「事故があった日、サヤはここでハルばあちゃんとレンゲの花をつんでいた。あれから一年がたったんだね」
 風にはちょっぴりレンゲの匂いが混じっていた。ミツバチの巣箱はとっても静か。ミツバチも夢を見るのかな。

 まったいらな空だった。風も雲もどこかに遊びにいってしまったみたいに、青い色だけが遠くのほうまで広がっている。
 巣箱のそばで、また、サヤの泣き声がした。棒きれで遊んでいたぼくは、あわててそっちにかけていった。
 すると、巣箱のそばでサヤとリュウがにらみあっていた。泣いたばかりのサヤの目はまっかだった。
 サヤのまわりには、むしられた色とりどりの花びらが散らばっている。
「おまえが花をむしったから、ミツバチはミツを返せっておこってるんだぞ。ほら、 見ろ。おまえのこと、刺しに飛んでこようとして相談してんだぞ」
 リュウがゆびさした場所には、ほんとうにミツバチがあつまっていた。木の枝で、 大きなボールみたいにふくらんでいる!
「ほーら、刺すぞ、刺しに来るぞ」
 リュウの声はどんどん大きくなった。声につれ、目の前のミツバチボールもどんどん、どんどん、どんどんふくれあがっていく。
 ビビビビ……
 ジジジジ……
 羽の音もしだいに大きくなっていく。サヤの目はまんまるだ。口がへの字にゆがんだ。
 リュウはもういっぺん、こわい顔で繰り返した。
「お花をつんでごめんなさいって、あやまれ。あやまらないと、おまえを刺せってミツバチに命令するぞ」  
 大変だ。サヤが刺される。
 だめだ! リュウ。
 ぼくはむちゅうでリュウに飛びついた。
「あ、何するんだ。ホタカ」
 リュウはどしんとしりもちをついて、そのはずみに、物干しの台にぶつかった。 白いシーツがなびいて、竹の棒がカランとはずれた。棒はボールのようになったミツバチの中につっこんだ。
 ジジジ……ブブーン。
 風船がはれつしたときみたいだった。ミツバチは黒い帯になって空に舞いあがった。かと思うと、ブーンと舞い降りてきた。
 うわーん。
 大声で泣き出したのは、サヤじゃなくてリュウのほうだった。
 そのとき、伝じいちゃんの声がした。
「ねっころがれ!」
 伝じいちゃんはリュウとサヤを抱きかかえると、頭からガバッと白いシーツをかぶせた。ぼくもその中につっこまれた。地面に押しつけた胸がドックン、ドックン鳴っている。耳もとを、うわーんとものすごい音が通り過ぎて行った。
 みつばちは青い空の中に、吸い込まれるみたいに消えていった。
 ぼくはみんなの背中に、順ぐりに鼻を押しつけた。みんなはもそもそっとおきあがった。
「刺されなくてよかったあ」
 ほっぺたに涙のすじをくっつけたまま、リュウがつぶやいた。
「めったなことじゃ、ミツバチは人を刺さないもんだ。しかもハルさんとこのミツバチは気だてがいいからな。優しくされたらミツバチはうんと優しくなるし、巣のそばでうるさくすると、いじわるなミツバチになるんだよ。わかるか? リュウ」
 伝じいちゃんのことばに、リュウが首をちぢめた。
「ねえ、じいちゃん。ぼくたちがうるさくしてたから、ミツバチたちは丸くなってあつまっていたの? ぼく、あんなの初めて見た」
「あれは巣分かれさ。新しい女王さまに巣をゆずるために集まっていたんだ。それにしてもハルさんは、ミツバチの数がへっちゃってがっかりするだろうなあ」
「前の女王さまはどこへ飛んで行ったの?」
「さあな。どこかで新しい巣を作るんだろう。きっと、お花がいっぱいあるところに、飛んで行ったんだろう」
 黙って聞いていた、サヤがぽつんと言った。
「お花とって、ごめんなさい」
「そうか、そうか」
 伝じいちゃんはサヤの頭をなでた。それを見て、リュウも照れくさそうににやっとした。
 ぼくたちはもう一度、ミツバチが飛んでいった空をながめた。
 青い空だった。雲も風もない日だった。

「明日、ホタカを山に返すよ。けがはすっかりよくなったみたいだから」
 ハルばあちゃんが言った。
 ぼくはもう、歩く時も走る時も足をひきずったりはしない。みんながくれるごはんをもりもり食べて、ずいぶん大きくなった。
「さびしいよねえ、こんなに仲良しになったのにね」
 リュウのママが涙をうかべた。最初、ママはぼくをこわがっていたのにな。
「ずっと飼うわけにはいかないさ、何ていったってホタカは熊だもの」
 これはリュウのパパ。
 大騒ぎだったのは、リュウとサヤだ。
「やだ、やだ、やだ。絶対やだ。ホタカはここにいつまでもいるんだ」
「そうだよ。 山に行ったら、ホタカは死んじゃうかもしれないよ」
 ぼくも少し困ってしまった。だって、山で暮らしていた日のことを、あんまりうまく思い出せないんだ。
 ここでリュウやサヤと遊んだり、ハルばあちゃんからハチミツをもらったり、伝じいちゃんに背中をガシガシかいてもらったり、そんなことしか思い出せない。
 ぼくは山で誰とどうやって遊んでいたんだっけ。山はどんな匂いがするんだっけ。
 サヤがとうとう泣き出した。
「さよならしない。さよならしないの」
 サヤはパパとママのお葬式でも、そう言って泣いたんだって。
「さよならはいや、いやだあ」
 ハルばあちゃんがサヤを抱きしめた。ギュッと抱きしめながら、やさしく言った。
「さよならしても会えるんだよ。サヤがおぼえてさえいたら、いつだってどこに行ったって、また会えるんだよ。楽しかったことやうれしかったことを思い出せばいいの。そしたら、そばにずっといるのといっしょなの」
「そうだよ。サヤ。さよならはね、お別れのあいさつじゃない。また会おうねって言うあいさつでもあるんだよ。」
 伝じいちゃんは大きな手で、ぼくのあごをガシガシと引っかいた。
「いつかまた会うために、さよならをするんだ。なあ、ホタカ。おまえだってわしたちのことを忘れないだろう?」
 ぼくは伝じいちゃんのしわだらけの大きい手をべろりとなめた。手はしょっぱくてあったかかった。
 忘れないよ、伝じいちゃん。
 伝じいちゃんの匂い、ハルばあちゃんの匂い、リュウの匂い、サヤの匂い……みんなの匂いがまじりあう。おなかの奥の、ずっと奥のほうから、ぼくはグアオーって叫びたい気分だった。

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